外伝17-061 県西のソリスト四声なき風に/南陽河渡る

    ※本歌:草笛のソリスト五線なき風に (徳山)
    [前日日計]
    支出1500/収入1190
         /負債 310
    [前日累計]
         /負債1559
    §
    九月十九日(三)
    0700宿の朝食(バイキング)370
    [61南陽河渡る][62昭徳街目指す][63昭徳街~青州離脱]
    1356趣意兴快餐
    インゲン豆の炒め
    豆干の唐辛子煮
    白米飯11.5元550
    [64济南入り東関大街行き][65泉城まで南西行][66世茂国際広場の造形]
    1740素耕 素食自助 550
    [67素食,济南駅帰宿]
    1900(乡肥林)香酥餅 花生味250
    [69金盾胡同]
    [前日日計]
    支出1500/収入1720
    負債 220/
    [前日累計]
         /負債1339
    §
    →九月二十日(四)

    青州昭徳街へ…果たして行き着けたのか?そして想いの深き省都・济南へ!

    ~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m本編の行程:Googleマップ(経路)~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m~~~~~(m–)m

    再度南行:この旅で唯一ホテルで食べた飯

    回目の青州古鎮歩き,当時,えらく反省しております。
     翌朝0645には二回目への準備を終えてました。
    「昨日の大きな誤りが3つある。古城中心点を見誤ったこと。実際の中心点はまさに昨日の清真寺付近──昭徳街の清真寺とは別の寺──でした。次に,その結果でもあるけれど古城域を狭く見積って,「こんなものか」と侮ったこと。安直に土地を侮るのは道を閉ざす原因です。最後に,傘がなかったこともあり,気力を喪失したこと。諦めはそこで得られるものを得られなくする。
     さて出発時間が近づいた。退房して荷を預けよう。」
    といった悲壮な決意でもって,残る半日の歩きへと踏み出したわけでして。もちろん,バックには傘を入れました。

    ▲宿の朝ごはん。この旅行で唯一ホテルで食べた飯。

    時,時間かっきりに宿の朝食(バイキング)を腹に入れる。
     期待してなかった割には,旨かった。稗飯もあったし,包子も意外にしっかりした味。
     0722,宿を出る。まだ雨は降ったり止んだり。今は雫はない。やや肌寒いけど,それは歩くにはベストです。
     タイムリミットは10時半。正味の歩きは2時間強か。
     2元を握り11路を待つ。9路はやはり魏仕には止まらない。
     ──パスポートベルトをし忘れてた。「焦らず気負わず偏らず,全般に弛く神経を用うべし。」…おおっ!旅行者たるものかくあるべし,名言である。

    ▲再び衡王府路へ!

    北門大街で雨。今日は傘を持ってるぞ!

    まかには北側,出来れば昨日見えた塔の辺りを回って,中心部,昭徳街へ至る,というルートをイメージしました。
     バスを降り,昨日の侵入路の北側へ。道はすぐ北へ曲がる。道は玲珑山南路になりました。
     0826,この辺だろう。范公亭西路を右折東行。
     0828,バス停・偶园街。18,23,27路が停車。

    ▲銅像に導かれ北門大街へ

    門の前に出た。0831。門には北門裏と書かれてる。
     これが北門大街らしい。とすると500mほどで川のはず。
     と道を確認してたら…だからあ,おばちゃん,昨日は迷ってた外国人に道を訊くな!
     北行。

    ▲奥手に幼稚園

    地の奥に幼稚園が見える。掲げる看板には「小博士幼儿园」(ちっちゃな博士の幼稚園)。末は博士か大臣か,という奴だな。
     気持ちは分かるけど,後で自己紹介が恥ずかしいだろう。

    ▲幹部教育基地?

    を借りると前に灰皿を見つけた。
     一服。
     そばに煉瓦造りの立派な建物。元々は基督教青年会所だったとある。今は…紅旗党支部・青州市幹部教育基地?虎の穴みたいなとこか?

    铎楼,そして万年橋を渡り…

    ▲えらくキマったポーズで黄昏れてると思ったら…

    843,少し下りになる。川の氾濫原域に入った,という地勢でしょうか。
    「铎楼廟巷」と左手西側に住所表示が出た──と記録してる。
     この「铎楼」──おそらくいずれかの時代の城域中心──は,地図では見当たらない。けれど僅かに「青州篇 – 陕西省文物局汉唐网」という開けないサイトのタグに,こんな記載がある。「2018/06/13 · 《禹贡》中称“海岱惟青州”, 作为古九州之一的青州,设县治历史 ….. 常盘大定在青州玄帝观内铎楼上发现的龙兴寺铜钟为唐代」
     つまり「青州玄帝观」という建物の中にかつて「铎楼」があり,唐の時代には「龙兴寺」の鐘が置かれたという…けれどそれ以上は今回は謎のまま。

    ▲造りも店名もそこそこ古さを感じさせる建物も並ぶ。

    陽河。
     視界がぱっと開けた。0848。
     万年橋と書かれた橋がかかる。

    ▲南陽河から東を見る。

    手東方に五重塔の姿が現れました。
     かなり近づいた。行ってみるか!
     橋を北へ渡る。

    ▲万年橋

    年橋というこの橋は,それ自体が観光名所らしい。
     創建当初(宋代・1032年頃とされる)は木造のアーチ橋だったそうです。現在の石橋ですら清代・1696年設置。
     重要なのは,ここは夜,ライトアップされて夜市も出るそうです。この時の閑散とした風情からは想像もできませんけど。
    ※ FC2/青州古街の万年橋

    ▲同じく西側。オチャメな狛犬が多い。

    の向こう側へそのまま直進,北関街を北行することにした。
     この時点で帰路のバス乗車まで1時間を切ってる。よく渡る気になったもんである。